11日、東京ドームホテルでは監督会議の後、記者会見が行われました(ネタが野球好きPとかぶりました・失敬)。
台湾ブログなので、主役は統一・呂文生監督です。
記者たちの焦点は、韓国SKが西武を破るか、と言う点でした。それほど今年の大会は、戦力拮抗。これまでの「日本チームが勝って当然」というようなぬるいムードはないのです。そのためか、各国の記者たちも西武の主力選手の欠場に関心が集まったようです。とくに抑えのグラマン、主軸の中島が不在で、大丈夫なのかと。渡辺監督は「決して手を抜く意味で外したわけではない。戦える状態ではないから、外さざるを得なかった」と強調していました。まあ、勝負は結果がすべてです。勝てば官軍。
ちょっと残念だったのは、台湾・統一の影が薄かったこと。SKの強さは誰もが認めるところですが、じゃ、統一はどうなんだい。SKへのライバル意識、リベンジ意識は前述の通りです。でもこの際、西武まで下して、台風の目となってやれ!
さて。記者会見の後、ちょっとした再会がありました。西武の渡辺監督と、統一の一色優トレーニングコーチです。ふたりは5年くらい前、台湾の中南部の嘉義という街で、リーグは違えど交流があったふたりです。
渡辺監督は投手兼コーチとして年代勇士というチームに在籍。一色コーチは和信鯨隊のトレーナーでした。わずかな時間でしたが、当時のこと、最近のことを語り合ったふたり。それにしても渡辺監督は、台湾時代のことをなつかしく話します。
「だって俺、台湾好きだもん」
一色コーチも、もう台湾暮らしが10年を越えました。渡辺監督は台湾時代の言葉の出来ない中での、決して環境の良いとは言えない中での経験が、今の指導者としての礎となっています。一色コーチはプロの経験こそなく、台湾球界で脚光を浴びない立場ながらも、堅実に選手たちに信頼されるコーチとして生きています。人生いろいろです。野球界は狭いです。それでも、こうした“野球人生”の交錯が垣間見られるのも、アジアシリーズがあったからこそ、です。
今大会では、ゆっくり昔話をする時間も余裕もないですが、選手のガチンコ対決とは別に、こんな再会があったことも、お伝えしたいと思いました。
5年ぶりの再会。ちょっとふたりも、年をとりました。
(文:木村公一/写真:CPBL提供)
木村公一

1961年東京生まれ。80年代半ばから韓国プロ野球を取材。台湾は90年のプロ発足時からフォロー。アメリカもメジャーリーグからマイナー、独立リーグと野球あるところ歩き回る。著書に『裏方―物言わぬ主役たち プロ野球職人伝説』(角川書店)など。
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